おじさん誰だ。

昔、中学生の頃に私の家の庭に新しいおうちをたてていた。

と言っても建てていたのは大工さんで、建設をお願いしたのは私の父親だ。私の家は1階建ての小さな小さなお家で、庭は広くて、2階建てのお家が建つくらいの広さがあった。小さな頃は庭に穴を掘って化石を探していた。もちろん何も出なかった。母親はいつもいつも鬼気迫る感じで草むしりをしていたものだ。

もちろん私たち兄妹も駆り出され、草むしりをしていたことも多い。

 

ある中学2年の3学期、中間テストの時だったと思う。

私はテストを終えて、友達をお昼を食べに行き、それから帰宅した。中学生の頃はうちに帰るとおやつを必ず食べた。空腹で耐えられないからだ。私は制服を脱ぎもせずに、テレビを見ていた。両親はスーパーへ車で買い物へ行くというので、私はテレビを見て留守番をすることにした。私の兄は高校生で同じくテスト期間だったため、いつもより早く帰宅すると予想できた。

玄関にはケージに入れられたカイくんがいた。その時飼っていたワンコで、家族以外の人間には誰であっても盛大に吠えるので、ケージに入れられていた。庭にたくさんの知らない大工さんがいたからだ。

カイくんが狂ったように吠え始めた。ピンポーンと呼び鈴がなり、ワンワン吠える声が聞こえる。私がドアを開けると、大工さんが今日の作業を終えるとご挨拶に来てくれた。親に伝えますと話し、おじさんを見送った。カイくんはずっと吠えていた。疲れるだろう、吠えなくていいよ。

その後、私はドアに鍵をかけ、またもや制服を着たままテレビを見ていた。何を見ていたかはもう覚えていないけど、外は夕暮れになりつつあった。

私は仏壇のある和室でテレビを見ていたら、ピンポーンと呼び鈴が鳴った。いつも吠えまくるカイくんが静かなので、お兄ちゃんだと思ったのだ。ピンポーン、ピンポーン…呼び鈴を連打するので、「今開けるよ」と言って鍵をあけ、ドアを開けたら、そこには誰もいなかった。

「お兄ちゃん?」と呼びかけたが、誰もいない、とても静かだった。少しドアから外に出て見回したが、誰もいない。カイくんもとっても静かだった。

家に戻り、ドアを締める。鍵もかけた。おかしいなと思ったのは思った。

部屋に戻ろうと思った時に、奥の洋室の窓がガタガタ鳴り始めた。

洋室のドアは大きくて、カギが少し緩く、窓を持ち上げて揺するとカギが徐々に開くのだ。鍵を忘れた時に、お兄ちゃんがそこから入ると言っていたので、やっぱりお兄ちゃんだと思い、洋室へ急いで向かった。

部屋を覗いた時にはガタガタ鳴っていた音は止まっていて、お兄ちゃんが諦めてしまったのかもと思った私は、窓の鍵を開けた。「お兄ちゃん?」と呼びかけた。そこには誰もいず、見回したが、誰もいない。いつもお兄ちゃんが学校に乗って行ってるはずの自転車もない。

お兄ちゃんじゃないのかな…?とその時に少し考えた。けれど、お兄ちゃんじゃないなら一体誰だというのだ。カイくんが吠えない相手は家族以外いないし、洋室の窓の鍵が甘いことを知っていて、そこから入ろうとするなんてお兄ちゃん以外に考えられない。

変なのーと思ったけれど、お兄ちゃんがいないなら仕方ない。私は次こそはちゃんと鍵をあけてやろうと思って、和室に戻りテレビを見ていた。

 

多分、すぐだったと思う。玄関で誰かが靴を脱いでいる音がする。湿った土のついた靴底が玄関のタイルに擦れる音がしたからだ。靴を脱ぐ時に鳴る音がしたのだ。

でも誰もドアを開ける音がしていなかったし、カイくんも吠えなかった。私もさすがに、お兄ちゃんとは、もう思っていなかった。

玄関の床が誰かの体重の重みで軋む音がした。「誰かいる…」お兄ちゃんじゃない誰かだ。それからのしのしと歩くような音がして、床が軋んでいる。私はなぜがテレビを見ているフリをやめずにいた。でも耳は背後の玄関に集中している。誰かが、はっきりと感じたのだけど、和室を覗き込んでいるのを感じた。私は恐怖に堪えるために、多分テレビに写っていたタモリさんを見つめていた気がする。ほんの数秒だったけど、その誰かが私の様子をとても長く見ている気分になった。

とてつもない緊張感から解放されたのは、その誰かが、踵を返した様子を感じたからだ。

その一瞬後に私はくるりと振り返った。その誰かはのっしりと歩く感じがして、玄関の壁に人がゆうらりと動く影が見えた。「やっぱりおじさんだ!」となぜか私はあの得体のしれない恐怖から解き放たれ、突然勇気が湧き出てきたのだ。「知らないおじさんが入ってきた!」と立ち上がった。

おじさんの足音はのしのしと奥の洋室へ向かっているように感じた。でも、本当のところはわからないので、私は電話の子機を握り締め、洋室へ向かう途中の部屋を確認しながら進んだ。トイレ、お風呂、洗面所、居間、キッチン…最後に洋室へ行った時には、誰もいないことを知っていたと思う。おじさんの気配もなく、お兄ちゃんの気配もなく、人間の気配もないし、さっきまで誰かがいたとは思えないくらいに静かだったから。

 

子機を握りしめ、薄暗い窓を見つめ、部屋がさらに暗くなっていることに気付いて、恐ろしくなった私は、まるでテレビを見ていた和室が安全地帯だとでもいうように一目散に戻った。

それから、電気をつけて、それから正座をして、カチコチに固まって、ただ、お母さんが帰ってくるのを待っていた。お母さんとお父さんが帰ってきたのは薄暗い夕暮れが完全に夜のようになってからだった。

「今日、しらないおじさんが入ってきた!」と訴えた。ことの次第を伝えたら、お母さんは驚いた様子もなく、そうかそうかと聞き流していた。

 

それ以外にドアの開いていない玄関で知らない人が靴を脱いだりしないし、勝手にのしのし歩くのを見たこともない。一体誰だったのだろうかと思う。

あのお家で暮らしていた頃と、庭に建てたお家で暮らしていた頃はいつも私は怯えていた。本当に怖がりだと思ったし、こんなんじゃ一人暮らしなんてできないと思ったものだ。

でも怖いのはあの場所だったのだと今は思う。私たち家族は引っ越しをしたので、もう実家もあの家ではないけれど、今あの家で暮らしている人は大丈夫なんだろうか。

でも5人中怖いと思っていたのは3人なので、約半数が怖がる感じか。