転職世界
まるまるしてピンク色のふこふこしたカービィが一つだけ部屋にあって、ずっとホバリングしている。
それで時々、バチっと目が合うのだけど、にっこりしてしまう。カービィは可愛い。
疲れた時にカービィを見ている時がある、カービィディスカバリーは本当にどこもかしこも可愛い世界になっている。私はカービィも好きだが、ププリンも好きだ。ピンクの丸くてちっちゃいものが好きなのかもしれない。実際はそんなにちっちゃくないんだろうけど…
地獄の9月をくぐり抜け、夏休みを消費しないまま10月も後半になってしまって、今は突然夏休みを消費するように心がけている。追い立てられるように仕事をしていた時期は少し落ち着いて、今や何をしたらいいのかわからないくらい余裕がある。と言ってもやらないといけないことはたくさんあるので、現実逃避の一種と言っていい。私は定時で帰って自宅できちんと対応するスケジュールを突然立てたので、10月後半からは毎日、スケジュール通りに勉学に励む予定でいる。
毎日と言って、例え1日できない日がやってきても、私はそれに関して大袈裟に捉えないようにしている。次の日には間違いなくやればいいだけなのだから。挫折も失敗も、そこで完了させるからであって、全ては経過中なのであれば、問題はそこにあるものではない。
できるまでやれば、できる。って田中先輩も言っていた。私はこの言葉がとっても好きだ。まるで脳筋ワードみたいだけど、私をとても勇気づけ、励ましてくれる言葉のひとつ。
転職についても、年始には固い決意を持っていたが、忙しさと無気力にかまけて、もうどうでもいい。探す労力も、勉強する気力も全てが奪われていたような日々と、精神状態でほとんどを過ごしてしまった。なぜかわけもなく、突然最下層まで落ち込み、どうしたらいいのかわからない状態になってしまったが、いつもの通り、なぜかわからないが突然浮上することができ、今後のスケジュールを前向きに立てることができるようになった。
当然、理由なんてない。休みの日は出かける気力も帰ってきた。自己嫌悪に陥って、何もできなくなるほどの無気力に苛まれていた日々は突然終焉を迎えた。
どういうタイミングなのかはよくわからないので、なんとも言いようがないが、同じ状態にいることが耐えられなくなってしまったのか、その状態にいることが私の生存本能が危機的状況だと判断して強制終了させているのかは、私には分かりようがない。
ともかく再浮上できて、気持ちが上向いて、それで外に向いていることが喜ばしい。とっても前向きに転職活動に取り組もうかなーという日々。
通りの神秘と憂鬱
気分転換にギャラリーへ行くとか美術館へ行くことはよくあるのだけど、最近は特に行くことがなかった。行きたかったものは気づくと終了してしまっているとか、関西ではなく東京の開催だったりとか。そんなこんなで全然行けていなかった。博物館も大好きだけど。
最近神戸にデ・キリコ展が来ていて、それで久しぶりの平日の休日に観に行くことになった。中学生の時、美術の教科書に載っていた絵が大好きで、ずっと名前を覚えていた。でも絵を観る機会は全然なくて、ようやく観ることができた。
と言っても教科書に載っていた絵は来ていなかったので、観ることはできていない。それでもやっぱりまるで夢の中のような世界だった。
私が教科書で見たのは「通りの神秘と憂鬱」という作品だったようで、夢に見るような景色が見えていて、それで、平面的で、色が綺麗で、線が少なくて、空が印象的でともかく、子供の頃の私はその世界に憧れを持っていたように思う。
今まで見た中の教科書に載っている絵の中で一番好き。って感じだ。
それに交流があったらしく、ジャンコクトーの素描も一緒に展示されていた。
昔に京都でジャンコクトー展で観て以降は、観る機会があれば観に行きたいと思っていた。と言っても。京都の次に見たのはマントンにあるジャンコクトー美術館で、それ以降は観ることができていない。それに今回、展示されているなんて知らなかったので、全くの偶然だ。
展覧会の最初は人物画からで、自画像とか、奥様の肖像画とかだったが、私の持っていた印象とはまるで違っていた。長い画家人生なのだから、そうなのだとわかっているつもりでも、思っていたものと違うものが垣間見えると、ちょっと驚く。
それに陶芸というか、三次元の創作物を作っていたとか、舞台衣装を手がけていたとかなんて全然知らなかった。二次元が三次元になったさまはなかなか面白かった。情報が急に増加する。最近は写真撮影可能な絵画が数展、展示されていることが多い。
確かに絵を見た直後に図録を眺めてみても、直に美術館の光源の下で見た絵画と、紙にプリントされた印刷物とを同列に眺めて考えることは到底できない。わかっている。
クリアファイルは紙でないために、発色も全然違っている。フィルターをかけたくらいに印象が違っている。どっちがいいとかは個人の好みによるだろう。
インスタレーションの場合は、図録も割と相違ないように思う。音や、匂い、動くものは共有できないことは理解した上での写真での記録という思いから購入できるからだ。
でも絵画はそうはいかない。二次元から二次元へ、しかし、絵画は二次元ではない、三次元のものであって、二次元ではないので、完全な二次元の中に再現されているものを見ると、違って見えるのは仕方ないことだ。
その分、装丁は美しく、情報が盛り込まれているものが図録であると思う。ライヴ映像はあくまで映像であって、足を運ぶライヴとは全然別物であることと、同じと言える。
神戸にはいろんな思いがあるが、子供の頃によく家族で訪れていたことを思い出させる。大人になってからも何度も足を運んでいるものの、思い出すのは子供の頃の思い出なのが、なんでなんだろう。子供の頃は親について行っていただけなので、はっきりと場所の記憶はないけれど、だからこそ、突然目に入ってくる懐かしい変わらない風景に、1人、エモさを噛み締める。
固い決意
ここしばらく、ずっとバタバタしていて、勉強も何もかも何にもできずに、現実逃避的に寝ているか、動画を見ている感じで余暇を過ごして、やっと落ち着きを取り戻している。
仕事が全然終わらず、休日にも追いかけまわされて、不本意ながら我慢せざるを得なかった。
上司も休みなのにやたらと連絡してくるので、付き合わされてしまい、同僚3名で対応する羽目になり。最終的に私たち全員休みなんだから休もう!と決意して休日の元々の予定を過ごしていたが、どうしても気になって、夜から稼働し始める始末。そのまま出張にいったが、出張先でもずっと勤務時間状態で進み、資料の修正と作成に追われ続け、結局、帰路の空港でもまだ、資料作成をしていて、大阪に戻った後でも、別の打ち合わせや、他業務の合間にずっと修正を余儀なくされて、いい加減削り取られている感覚に陥っていた。
私の部屋にはカービィのマスコットがいて、ホバリングしている最中。と言ってもたくさんいるわけではなく、一体のカービィしかいない。でも、ぷくぷくしつつそこにいて、仕事へ行く準備中に鏡越しにカービィと目が合って、ほっこりする。
ピンクで丸くてふこふこで可愛い。本当はぷにぷにしているんだろうけど、マスコットなのでふこふこ。色々とやりたいことがあって、色々と進めたいことがあるのに、私は意志が弱弱で、結局、眠ってしまったり、時間を浪費してしまうきらいがあり、本当に問題児だと感じている。
時間は有限なのことはもちろん事実としてわかっているが、疲れているとか、休みたいとかそんなことを言い訳にしている。休日だからと言って、ずっと眠っていられるものでもない。疲れ過ぎて寝落ちが日常になって、化粧を落とさずに寝てしまったり、お風呂に入れずに電気をつけたまま寝てしまう日々を過ごすうちに、まともに生活が営めていないことにやりきれない気持ちになってしまう。
化粧をしたまま眠るのは肌トラブルの一因となり、どんなに乾燥肌対策をして、老化を遅らせるような美容液を投入しようとも、プラマイマイナスになってしまうのだろう。意味がない。スキンケアを頑張ってみても元の木阿弥だなと思って、徒労感に襲われてしまう。
どうして普通に日々を過ごして終わらせることができないのだろうかと思ってしまう。そんなに体力がないわけではないのに、突然の脱力感と倦怠感と眠気で大体のことは何にもできない。洗濯だけはしっかりやっているのは、洗濯のほとんどは洗濯機がやってくれるから。私は仕分けして、洗剤を投入してスイッチを押すだけだ。
夏休みを1日も消化せずに9月も半ばに来てしまった。
夏も終わりに近づいて、今年も着る服がないとぼやきながら冬を迎えるのだろうな。みんなどうやって過ごしているんだか。
今年も冬が来るのか、今から憂鬱なのだが、今年こそは転職をしたいという固い決意すら、危ぶまれていて、自分が不甲斐ない。
100%ストレートリンゴジュースのおかげ
これまでに大腸カメラは4回ほど経験があるが、胃カメラの経験はなくて、今回初めて胃カメラに挑戦してみた。
とは言っても定期的に胃痛がくるくらいで、胃薬を服用せずともそのうち治るくらいのもので、吐き気と胃痛なんて別にどうということはない。
バリウムは嫌いなので、健康診断でも飲まないことから、ここ数年胃の検査は全くしていない。でもバリウム検査は絶対にしたくないので、胃カメラを選択した。
本当は鎮静剤を効かせてもらって、意識のないうちに完了してもらうのを希望していたが、最近の傾向なのか鼻からカメラを挿入するので鎮静剤なしでの対応を勧められた。私は胃カメラの経験が皆無なので、どうしたらいいのかわからないが、楽な方法を選択したいということだけを伝えた。
鼻炎気味なので、鼻腔が狭くなっていないかも心配だったのだ。炎症があると鼻腔が狭くなるとかいうし、鼻からが無理だと口から挿入になるらしいので、それはそれでとても嫌だった。
吐き気があると言っても、実際に吐いてしまうことは全然なくて、私は大人になってから吐き戻してしまったことはノロらしきものになった2回と、ワインを飲みすぎた夜くらいだ。それ以外はなんとか吐き戻さずにことなきを得ている。本当に苦手なので、できれば吐き気はない方がいい。
結果から言うと、カメラは無事に鼻から入っていったが、鼻のあたりでくねくね曲がる必要があるのだろう、ゴリゴリ動き、その度に痛みがあった、涙で世界が滲んでいて、それからカメラは鼻の奥をぐいぐい進んでいったが、通過していく鼻の入口がいつまでも痛い。喉の辺りに来た時に、えづいてしまうかもしれないと覚悟したが、それはこなかった。
看護師さんにも先生にも涎が出てしまうと思うので、飲み込んでもいいし、苦しかったら口を開けて、垂れ流してもいいと言われた。結果的に、全然ヨダレは出なかった。
ともかく、体の力を抜いてというアドバイスを思い出した。力を抜くという言葉を思い出すたびに、自分の体がカチカチに力んでいることに気づく。
カメラが入っているところは圧迫感がある。空気だかガスだかを入れているだろうから、胃のあたりがモヤモヤしている、吐き気とは違う、不安感に襲われていると思う。カメラのせいだから、大丈夫。これがカメラなんかではなく何もないのにこの感覚が自分のお腹で起きたら不安でたまらないだろうなと思う。
鼻の痛みは時間を追うごとに軽減していった。局所麻酔が効いているからだろう。ただ、カメラが出し入れされている感覚はずっとあって、鼻の穴とカメラが茶筒くらいピッタリだ。
5分くらいで終わるので、と最初に言われていて、5分ね、と思っていたが、施術前には5分から10分くらいで終わると言われた。5分と10分の間には5分間もあるのに、どう違うのか?と思ったものの、局所麻酔ゼリーを入れられて、チューブが鼻に入っている状況では聞く元気もなかった。
昼下がりの時間からの検査だったので、前日は普通に食事をしており、朝からは絶食と言い渡されていたものの、スポーツドリンクやジュースは飲んでいいと言われていたので、そこまでヘロヘロになっていなかった。ただ、帰りに何を食べようかと思いながら病院へやってきていた。大腸カメラの時は下剤を飲み干すという辛い時間を数時間過ごして、体温が下がりきっている状態で、本当にふらふらの状態で検査をしていたが、胃カメラは絶食なだけなので、検査前は明らかに胃カメラの方が楽だと思う。ただ、不安感は大きい。
施術自体は本当に10分たらずだったのかもしれない。診察と、その後の処置とかなんとかで小一時間で病院から出たから。鼻に残る局所麻酔のゼリーが気持ち悪いのと、カメラを入れた鼻の穴がともかく痛い。
帰り道に、鼻水が垂れてきたと思ったら鼻血で、その日の夜は鼻にティッシュを詰めて過ごした。通りで鼻が痛いはずだ、
結果的に、やっぱり大した問題もなく終了した。胃カメラと大腸カメラを同日に完了させることもできるようだけど、ヨレヨレになりそうなので、真夏でも真冬でもない時期に試してみようかと思う。
海に行きたい。
ニョキニョキ
ガジュマルの切り落としたみきの先から根っこがニョキニョキ伸びて、それで新芽も出てきた。そろそろ水耕栽培をしていたカップの底に根っこがくっついて、なんだか窮屈になっているし、あんまり根っこが伸びてしまったら、いつセラミスに戻すのかわからなくなってしまうので、2週間を目処にセラミスに戻してみた。
大きめの鉢を購入したので、新しい鉢に収まっている。
今後はカビに気をつけて、それから根詰まりの根腐れのないようにしたい。でも根腐れなんて本当はしていたのかがよくわからないけど。セラミスとかに戻さずに水の上にぷかぷか浮かしていてもきっと育ってくれそうだったのだけど。今回はセラミスに戻すことにした。
以前のしわしわの幹もすでに改善して水を吸い上げている感じ。夏はこの鉢で過ごして、冬が頑張りどきなので、今年こそ、元気に越冬してもらえるようにどうにかしたい。何が良くないのかわかっていないことが一番良くないんだろうなと思うけれど、植物は話しかけてくれるわけではないので、難しいものだ。
葉が黄色くなって落ちてしまうことから大体不調に気づくのだけど、ネットに書いているのは、水不足か、水のやりすぎと書いていて、やっぱりよくわからない。一時期、調子良かったので、完全に水やりを理解していると思っていたけれど、どうやら気のせいだったらしい。
びしょびしょに雨降りの日でも、部屋の中よりお外の方が湿気が少ないので、窓を開けて換気した方が良いという言葉を信じている。もちろん部屋の中に雨が吹き込んでくるような状態の時は開けないけど。
今日は裸足で歩くと床がペタペタするくらいに湿気ている。湿度が80%になっているのだから当然だけど、これって部屋を締め切っていたら90%とかになっていたってことなのだろうか。
ガジュマル
ガジュマルの幹から根っこを全部切り落として、それから幹自体もカットしてから1週間経過していて、結果的にガジュマルは今日も生きている状態。
現在は完全な水耕栽培として水に浸している状態でちょんぎった幹から水分を吸収しているのかなと思っているが(切り花と同様に)あちこちから白い根っこが生えてきている。
他の人の水耕栽培の写真を見ていると切り取った幹の先っぽからも白い根っこが生えてきていたが、私のガジュマルからは幹の途中とか、水に浸っていないところから生えているものの幹の断面からは生えてきていない。私はなんとなく断面からもニョキニョキ生えてきてくれたら安心できるようなそんな気がしている。ちょっとわからないけど。
毎朝水を交換して、葉水を与えているからか、幹が時折しわしわしていたものがなくなって、しっかりしている、根っことかちょんぎってしまってごめんね。
嘘、根っこどころか幹から断ち切ってしまっている。痛々しい。こんなことになったのもカビのようなものが生えているような気がして、水を絶って、それから幹がしわしわして葉が枯れてきたからだ。セラミスからカビは消えたように見えて、水を再開したが、セラミスはカラカラに乾いているのに、幹の根本が黒く湿って見えた。セラミスは全体的に乾いている。
根詰まりなのか、植え替えを考えていたが、実は結構大きな鉢に変えているし、そこまで巨大にするとおけなくなってしまう。セラミスを変えようかと引っこ抜いたら、根っこがそこまで詰まっている感じでもなくて、特に腐っている感じでもないように見えた。
それでも水を吸い上げることができないし、なんか黒い。
今は水を吸い上げている感じがする。根っこはまだまだ少ないけど、すくすく毎日根っこを伸ばしている。2週間程度でもっと根っこがしっかり伸びたら新しい鉢と新しいセラミスに植えてみようと思っている。
どのくらいから戻したらいいのかわからないけど。根っこを切っただけならセラミスにそのまま戻しても良かったのかもしれないけど、幹を切っているので水に挿しているけど、この方法が合っているのかも疑問ではある。
でもともかく毎日毎日水を交換していて、手をかけている。頑張って生き延びてほしい。
根っこのない木
定期的に家にあるガジュマルの調子が悪くなる。
セラミスで育てているので、時折液体肥料を与えるなどをしていて、結構大きな鉢に植え替えてから調子が良かったのに、突然、私は水やりの方法を見失ったのか、突然元気がなくなった。
カビなのかセラミスの表面が白くなったので、その部分を取り除いてみたり、一部セラミスを入れ替えてみたりしたが、鉢をひっくり返したときに表面ではなく内側に白カビのようなものが混じったのかもしれない。
水を与えるとカビが育つのか、水を減らすなどしていたからか、葉っぱが下から黄色くなって落ちてしまった。ともかく元気がないので、植え替えを決意し、黒っぽくなっている根っこと幹の一部を切り捨てた。
今は水耕栽培をしていて、水に浮かんでいる状態。元気に根っこが生えてきたらセラミスに植えようと思っている。
前回の植え替えから2年は経過しているので、植え替えのタイミングなんだろうな。春夏にぐんぐん育ったら冬に停滞してを繰り返している。こんなに根っこと幹とを切り落としてしまったけど、大丈夫なのかな。というかなんか、果実のような切り口だったのだけど、黒い部分だったからこんな感じなのか、ガジュマルの幹は大抵、こんな切れ味なのか。
何に例えるのが最適かわからないけど、生姜とか慈姑とかを切る時のような切れ味な気がした。木ってこんな感じなのかな。
元々ガジュマルは高温多湿を好むらしいけど、セラミスはカビるんだよねー。部屋は湿気が少ないので、乾燥しすぎているのかもしれない。葉水をしっかりやるようにしないといけないのだね。最近していなかったから、過酷な状況で生きていたのかもしれない。
自室に湿気が籠るのは本当に嫌だけど、乾燥しているのはお肌にもガジュマルにも良くない。でも私は風の吹き抜ける爽やかな日が大好きだ。今の季節は最高。