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雨は線

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冬が終わったので、わくわくする気分になりつつあるのだが、なんだか気力が足りなくて、ぷすぷす鳴って、止まっちゃいそうである。



疲れというものは、眠気というものは、全てを奪うのだなとつくづく思う。起きる前からもう眠いし、出かける前から帰りたいし。実家でお布団を敷いていざ眠るぞ!って夢を見ていて目が覚めた。眠すぎる。


薄ピンクの桜の花が青い空に広がっていて、周りのビルと背の低いこどもたちの間で大きく咲いていた。街の空は狭いだなんて思ったことがない。でも、田舎の空を広いって思うのはそういうことなのかな。海で見上げる星空はこっちにせまってくるようで、低く広がる天球のように圧迫感がある。降り注ぐような星空の存在感か。


溶けて滲んで飲み込まれそうだ。暗くて見えないことはいないことと一緒なのか。暗闇のぬるい真水に飲み込まれる感覚がこわい。いつまでも硬く手を握っていた。2人で飲み込まれたら怖くないのかな。


暗闇の中で目を閉じるのと、暗闇の中で目を凝らして暗闇を見つめるのと、やっぱり結果は違うのか。目を閉じて、耳を澄ませて、手を握って、何にも見えない世界で、波のザブザブいう音ではなく、唸りを上げる轟音を聞いていた。叫び声のような。



お釈迦様の誕生日には甘茶をかける。あの年、東大寺にいたなと思い出した。春なんだなと、思った。桜の咲いた鹿のいる町を、夏に、大仏殿で居合わせた法要を。桜の花や、青い空、吹き抜ける風に、唸る波音、見上げた月にも、坂道を登る自転車にさえ、つながる記憶とにおいがある。


京都にも、パリにも、大阪にも、ロンドンにも、それにつながる記憶がある。どこにでも記憶のかけらは落っこちていて、ふとした時に一面に広がり突き抜けていく。


雨の落ちる線を見て、雨は冷たいのか、またはぬるいのか、そんなことを考えていた。