突発性難聴

ある日、すっごくヘトヘトに疲れた夜に、ホテルの換気扇がイライラするほど不快な響きを放っていた。

昨夜の換気扇はそこまで不快な刺激を伴っていなかったのに、この日は、しかめっ面になるような不快な音で、歯を食いしばりたくなるような嫌な音を立てていた。

耳の奥に痛みが走るような、人をイラつかせるような、という形容しかできない。

その日は早朝から仕事があって、日中は緊張を伴う業務をし、大阪から遠く離れた場所にいて、明日も早いからさっさと眠ろうと準備をしていた。

いつものようにゲームをしてみたりして、目の奥がズキズキし始めて、大して明るくもないホテルの間接照明が眩しく感じるくらいには疲れていた。

いつものようにトロイシヴァンを聴きながら眠った。もう一瞬で眠りに落ちた。そのくらいには疲れていた。

 

翌朝、いつもはすぐに気づくアラームに気づくのが遅れた。ただ、疲れているからなのだと、その時は思った。昨夜感じた変な違和感(換気扇の音)は確実に気のせいなんかじゃないと理解した。耳はこもった感じになり、TVの音の一部(高音?)が、不快に私の鼓膜をつんざく。

耳がおかしいことは、はっきり分かったものの、左右のどっちがおかしいのかがわからなかった。片耳を塞ぐと、音の不快な刺が取れる。それは右も左も同じだ。

その日は、不快な刺々しい音に耳を塞ぎながら、なんとかやり過ごした。夜には左耳がおかしいように思えた。音楽が両耳で聴けていることを確認して、なんとなく安心して眠った。

 

翌朝、私は完全に悟っていた。昨日は音が響きすぎていると感じていたが、今日は違う。完全に閉塞感と耳鳴りに支配され、左耳からはほとんど何も聞こえなかった。

その日は一日決まっていた仕事を行ったものの、左側から話しかけられると殆ど何も聞き取ることができず、私は完全に体ごと相手に向け、右耳を相手の方へ向けるために、相手の顔を覗き込むような体勢をとることになる。ほぼ初対面の人と話したが、妙に近い距離をとるやつだと思われたに違いない。

左耳が今朝から全く聞こえなくって、とは言えなかった。上記のような体勢をとってもしっかり聞き取れるとは言えず、4割程度は勘で受け答えをしていたからだ。左利きの私は食事の時に一番左端に座るようにしている。その流れで左端を陣取ることが多いが、この日は殆ど初対面の人たちと一緒だったので、私が左利きであることも誰も知らないし、私が普段からこんなに人に近づいて話すタイプでないことも誰も知らない。

ソーシャルディスタンスなんて言われている昨今において、こんなに近づいて話をするなんて非常識に思われるかもしれない。とはいえ、聞こえる方の右耳も、雑音が混じれば人の声は聞き取りにくく、大事な打ち合わせで「なんですか?」を連呼することもできなかった。それに全員マスクをしていることでやはり聞き取れない。

私は左半分夢の中にいるような気分で、一生懸命に打ち合わせで発言をしたり、動き回っていたが、俯瞰的にものを見る癖が、左半分夢の中のせいで、顕著になってしまった。

 

左耳はザーッとか、ピーっとか鳴っていて、音がほとんど聞こえない。私は音楽が今後きちんと聴こえないことを心配した。突発性難聴なのかなとぼんやり考えていて、私は出張先で病院へ行った。

聴力検査をして、鼓膜が正常であること、耳の神経に問題がないことを調べてもらった。左耳の聴力はほとんどない状態だった。でしょうね。だって聴こえないんだもの。

目眩や吐き気などは全くなく、ただ、左耳に耳栓をしている状態のようだ。

突発性難聴ですね。治療は投薬ですが、血液検査をしながら投薬していくような治療になるので、出張先のここで中途半端に治療を開始するより大阪に戻っていつもの病院で治療をする方がいいでしょうと言われた。

先生はとても親切でいい感じの先生だった。

待合室の本棚には、AKIRAが揃っていて、色んなバージョンのゴルゴ13があったり、ドクタースタンプが27巻だけあるようなクリニックだった。ジョジョもあったし、北斗の拳もあった。昔からある喫茶店のようだ。

 

この先生に診て欲しいと思ったくらいだ。もうしばらく来る予定はないけれど。

ただいま、大阪。

大阪でも左半分は夢の中だ。