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壁の向こうの空

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結局、終電まで仕事をしていた。やっぱり休みを取らないと19:30に心斎橋なんて無謀だったんだなと。bacho×gezanは見れず。京都、神戸は予定もしていなかったので見るすべもない。


病院などの予約をしていた為に休めた3/7に映画を観た。大和カリフォルニア。それでほんのちょこっとだけ、登壇したgezanを観た。映画中には大事な場面で割と長く出演していた。


今にして思うと、私にも反抗期はあったものの、あんな感じになってないなと。喧嘩なんてしなかったし、お母さんに怒鳴ったこともない。私はもっとちっちゃかったときの方が世界を悲観的にみていた気がする。


もう疲れたとか、このまま溶けてなくなっちゃいたいとか、そんなことを考えながら生きていた。退屈で、子供くさくて、下らない小学生から中学生の時代に。決められたことが本当に理解できなかったから。


毎日行かなきゃいけない学校とか、くだらない諸々に、絶対入らなきゃいけない部活とか、守らなきゃいけないことになっている無理やりされた約束、親のいいつけとか、先生の主張とか。まあ、いろいろ。馬鹿らしいなと。子供扱いしやがってと、イラついていた。子供だったがな。子供の私の世界は狭くて退屈で窮屈で、息が詰まりそうで、未来も希望もなく、しょうもない、なんの実りもない、クソ田舎のクソくだらない毎日だった。



私は私の人生を生きている実感なんてなかった。子供はみんなそうなんだろうかね。都会の子供は少し違うのでは無いかと思っている。どうかわからないけど。


今も昔も子供の世界は狭くて窮屈で退屈で息がつまりそうなんだろうか。どこに行っても、どこへも行けないのだと感じるものなのだろうか。ちょっと私は絶望していた。自分の状況に対して。悲観的だったというか、気づいてしまっていたというか。


私は宇宙飛行士になどなれないし、突然夢見たいなことがたちまち起こるわけなんてない。こんなクソ田舎で。自転車でどんなに遠くへ出かけていっても、結局私は府内にいたんだから。どこまで急いで逃げ出しても、いつも私は本州にいた。なんて絶望。


どこへも行けず、どこにもたどり着けず、何にも見えず、何にも手に入れたりしない。このアホみたいな部屋で、何もせず生きていくのが嫌で仕方なかった。子供でいることに不満だった。



1人でなんでも決めて、1人でどんどん進んでいける立場になることを目指していたんだな。私は。